衣服設計支援のための人間感覚データベース

肌着、シャツ、スラックスの評価事例 3.被験者を用いた評価結果

(1)シャツ・スラックスの評価結果

1.被験者の身体特性

表1に被験者6名の身体特性を示す。

表1 被験者の身体特性
  身長、cm 体重、kg 除脂肪体重、
kg
体脂肪率、
%
VO2max、
ml/kg/min
平均値
±標準偏差
159.6
±3.7
49.9
±2.5
40.0
±1.9
19.8
±4.3
42.6
±5.8

2.実験条件

図1に実験室内の温湿度条件を示す。まず、気温26℃の部屋で60分間、被験者に座位姿勢で安静をとらせ、その後30分かけて、部屋の温度を20℃まで低下させ、その後90分かけて部屋の温度を35℃まで増加させ、その後60分間その温度を維持した。240分間の実験を通して部屋の相対湿度は50%に維持した。

3.測定項目

食道温(熱伝対)、胸部、大腿部の被服内温湿度(温湿度センサー)、前腕部、下腿部の被服内温度(熱伝対)、胸部発汗速度(カプセル法)、皮膚血流(レーザードップラー血流計)、心拍数(心電図)、動脈血圧(ソノメトリック法)によってそれぞれ測定した。

4.実験着衣

表2に被験者の着衣した被服の材質、吸湿率、通気度、重量を示す。
被験者に標準内衣を着用させ、5種類の中衣を着用させた。

表2 着衣とその性能
  材質 吸湿率
%
通気度
cc/cm2sec
重量
g/㎡
内衣 エステル丸編み 0.6 358 114
中衣1 綿100% 通気度大 6.1 143 123
中衣2 綿100% 通気度大 しわ加工 5.9 125 130
中衣3 ポリエステル100% 0.4 210 135
中衣4 綿100% 通気度小 7.0 27 117
中衣5 テンセル100% 10.4 128 167

5.結果

図2は部屋の温度を変化させた際の胸部皮膚温を6例の平均値とSE barで示す。
中衣1-5に有意差がないことが分かる。

 



図2 胸部皮膚温

 

図3は、部屋の温度を変化させた際の胸部水蒸気圧を6例の平均値とSE barで示す。
室温が35℃において、中衣5で他の中衣に比べ、水蒸気圧が有意に高くなる。

 



図3 胸部水蒸気圧

 

図4は、部屋の温度を変化させた際の食道温の変化を6例の平均値とSE barで示す。
室温が35℃において、中衣5で他の中衣に比べ、食道温が有意に高くなる。

 



図4 食道温

 

図5は、部屋の温度を変化させた際の主観的温度の変化を6例の平均値とSE barで示す。
室温が35℃において、中衣5で他の中衣に比べ、主観的温度が有意に高くなる。

 



図5 主観的温度

 

6.結論

室温35℃において、テンセルが最も主観的温度感覚が高値を示した。その理由は、被服内皮膚温よりも、食道温、被服内水蒸気圧が主観的温度感覚に反映した結果と考えられる。 室温35℃においてテンセルで最も食道温が上昇したのは熱放散が他の中衣に比べ低かったためと考えられる。テンセルで熱放散が抑制されるのは吸湿熱によるもので、これはテンセルにおける高い胸部水蒸気圧によって説明しうる。このテンセルの特異的な性質はその高い吸湿率に起因していると考えられる。

(2)肌着の評価結果

1.被験者

被験者は 23.6±1.8 歳の成人女性(身長 158.8±3.1 cm、体重 48.6±4.3 kg)6名である。 いずれの実験も月経終了から1週間の低体温期に行った。

2.実験条件

 被験者には座位で安静をとらせた。標準温度刺激(図1)で無風、湿度は50%に維持した。 まず、気温26℃の部屋で60分間、被験者に座位姿勢で安静をとらせ、その後30分かけて部屋の 温度を20℃まで低下させ、その後90分かけて部屋の温度を35℃まで上昇させ、 その後60分間その温度を維持した。240分間の実験を通して部屋の相対湿度は50%に維持した。


図1 環境温

3.測定項目

直腸温、7点の皮膚温(前額、胸部、腹部、上腕、前腕、大腿、下腿)を熱電対にて測定した。 胸部の皮膚血流量をレーザードップラー法で、また発汗量をカプセル換気法で測定した。 また心拍数を血圧をフィナプレスにて測定した。これらの測定量は1秒ごとにコンピュータに記録した。 また10分ごとに温冷感覚、快適感、湿潤感を被験者に申告させた。温冷感覚は「非常に寒い」から 「非常に暑い」までを9段階で、快適感は「非常に快適」から「非常に不快」までを7段階で、 湿潤感は「ジメジメしている」から「サラッとしている」までを7段階にそれぞれ数量化した。

4.実験着衣

被験者は下着(ブラジャーとショーツ)の上に3種類の肌着(エステル/キュプラ丸編み、 エステル丸編み、エステルトリコット)のうちの一つを着て、さらにその上に 標準中衣(綿100%、通気度大)を着用する。

5.結果

 図に各測定量の時間的変動をしめす。ただしこれは26℃1時間の最初の30分が経過した時点からの データであることに注意されたい。温度感覚の変化(図2)に見られるように、標準温度刺激は短時間の 寒冷刺激で「寒い」という感覚を引き起こし、そこから暑熱刺激時の「暑い」までゆっくりと温冷感覚は変化する。 その間、快適感(図3)は「不快」から一度「快でも不快でもない」を経過して再び「不快」に移行する。 直腸温(図4)は短時間の寒冷刺激では最大で0。2℃低下、暑熱刺激時には最大0。3℃上昇した。 皮膚の血流量(図5)は環境温が30℃付近で上昇し始めすぐに最大値にたっする。 一方、発汗(図6)は実験の終了まで増加が続く。
以上のような傾向は3つの肌着いずれの着用時にもみられ、すべての測定量について 有意差が認められたものはなかった。被験者の総合的な評価でも、とくに「暑い」あるいは 「涼しい」と感じられるものはなかったようである。

図2 温度感覚の変化

図3 快適感

図4 直腸温

図5 血流量

図6 発汗量

6.結論

 取り上げた3種類の肌着はサーマルマネキンのテストとヒトが着用したときの生理反応、感覚から見る限り、 特に「涼しい」と結論できるものはなかった。素材の物理特性ではエステル/キュプラ丸編みのものが通気性、 吸湿性とも優れている。しかしその差は通気性でも20%、吸湿性では数%程度であり、肌着としての特性に 有為に差が出るには他の因子の影響が大きすぎるのであろう。