衣服設計支援のための人間感覚データベース

肌着、シャツ、スラックスの評価事例 4.高齢者と若年者の体温調節能の比較結果

1.被験者の身体特性

 被験者は61歳から76歳までの高齢者群と、22歳から27歳までの若年者群の2群を対象として実験を行った。

2.実験条件

 被験者には座位で安静をとらせた。標準温度刺激(図1)で無風、湿度は50%に維持した.まず、気温26℃の部屋で60分間、被験者に座位姿勢で安静をとらせ、その後30分かけて部屋の温度を20℃まで低下させ、その後90分かけて部屋の温度を35℃まで上昇させ、その後60分間その温度を維持した。240分間の実験を通して部屋の相対湿度は50%に維持した。

図1 環境温

3.測定項目

 直腸温、皮膚温(前額、胸部、腹部、上腕、前腕、大腿、下腿)、胸部発汗率、胸部皮膚血流量、心拍数、 動脈血圧をそれぞれ計測した。実験後、各皮膚温から平均皮膚温を、直腸温と平均皮膚温から 平均体温を算出した。また、実験中には被験者に温冷感、快適感、湿潤感を自己申告させた。

4.実験着衣

 被験者は下着(ブラジャー、ショーツ)をつけ、上半身に内衣(エステルキュプラ丸編み)を着用し、その上から標準中衣(綿100%、通気度大)着衣した。

5.実験結果

 直腸温(図2)は常に高齢者のほうが高い。またその変化量を表す図からわかるように、 高齢者は若年者に比べて環境温の変化に対して直腸温の変動が大きい。血圧(図3)は 高齢者が若年者よりもかなり高い。環境温が下がると高齢者の直腸温は低下し、血圧は 上昇する傾向を示した。その際心拍数(図4)はむしろ低下傾向にあることから、高齢者の 寒冷時の血圧の上昇は血管収縮によるものだと推察される。しかし胸部の皮膚血流量(図5)は 環境温低下時にも安静時と変わらないので、他の部位で血管が収縮していると考えられる。 一方、若年者の直腸温は寒冷時に変化はほとんどなく、血圧、心拍数も特に変動はしていない。 続いて環境温が上昇し始めると皮膚温は両群ともほぼ同時に上がり始めるが、直腸温は 若年者のほうが早く上昇し始める。直腸温つまり核心温の上昇に伴い、皮膚血流量が増加する。 やはり若年者のほうが早く増加し始める。また、発汗率は若年者は皮膚血流量の増加に やや遅れて上昇し始めるが、高齢者は最後の30分になってようやく発汗活動が見られた。 しかも、その大きさは明らかに若年者よりも小さかった。
このように高齢者は環境温の変化に対して身体の内部の温度つまり核心温を一定範囲に 保つことができない。それでいながら寒冷刺激に対しても暑熱刺激に対しても体温調節系の 反応は若年者よりも遅れる傾向が見られた。特に暑熱に対する強力な熱放散機構である 発汗反応が弱いことが明らかになった。
さらに主観的な感覚については、温冷感(図6)は若年者が寒冷に対しても暑熱に対しても 反応が早かった。感覚の入力として皮膚温の変化とそれに対する感覚をプロットした図を見ると、 高齢者は若年者に比べ、感覚が鈍いといえる。高齢者は温度負荷に対して核心温が大きく 変動していながら、感覚として認知する能力が弱まっていることが明らかになった。

図2 直腸温

図3 血圧

図4 心拍数

図5 皮膚血流量

図6 温冷感

6.実験結果

高齢者は環境温の変動に対して体温調節系の反応が減弱しており、若年者に比べて核心温を一定に保つことができない。特に発汗反応が衰えている。さらに核心温の変化に対する主観的な温度感覚も若年者より鈍いことが明らかになった。このことは高齢者は感覚にだけ頼ると体温が正常に維持されない可能性のあることを示唆している.つまり暑熱刺激が暑くなくとも生理的にはストレスとなり、体温上昇を招いて、しかも発汗などの生理反応も減弱しているためにそれも有効には働きえず、ますます体温が上昇するという悪循環に陥る可能性がある.高齢者の衣服を設計するに場合にはこのような高齢者特有の生理的特性を考慮することが必要であろう.また将来的には高齢者の生理的・感覚的衰えを補完するような衣服(例えば感覚の鈍化を補って環境温や体温の上昇を知らせるようなインテリジェント機能をもったもの)の開発も望まれる.