高齢者のIT利用特性データベース

認知特性

■ 注意力実験

■計測目的と計測内容

高齢者の視覚的注意特性について、中心視と周辺視の相互作用を明らかにすることを目的とした。これが明らかとなると、周辺視に出現する標的やアイコンの視認性、誘目性をいかに高めればよいか、また中心視・周辺視の二重課題において、いかに時間的余裕を確保すればよいかが分かる。 被験者は、高齢者群11名(66~76歳、平均:69.9歳)、中年者群6名(52~60歳、平均:57.3歳)、若年者群8名(21~29歳、平均:23.6歳)の計25名である。このうち高齢者1名、若年者1名の計2名を予備実験に割り当て、本実験は23名である。

■計測手順

実験は、前半/後半の2部とし、間に10~15分程度の休憩をはさんだ。 前半部は、中心単独課題→周辺単独課題(blocked or random)→中心・周辺二重課題(blocked or random)→周辺単独課題(random or blocked)→中心・周辺二重課題(random or blocked)の順番で、後半部は、中心・周辺二重課題(random or blocked)→中心・周辺二重課題(blocked or random)→周辺単独課題(blocked or random)→周辺単独課題(random or blocked)→中心単独課題の順番で課題を遂行した。 前半部では、各課題開始前に練習試行(48試行)を実施し、後半部では練習試行なしで本試行に入った。各課題開始前には必ず眼球運動計測装置の校正を行った。 周辺単独課題および中心・周辺二重課題遂行の際、blocked条件とrandom条件との遂行順番に関しては被験者間でカウンタバランスをとった。また、周辺課題のblocked条件においては、刺激提示軌跡が3種類(長径:20°、50°、80°)ある。各ブロックで、刺激は同一軌跡のみに提示されるため、刺激提示軌跡の提示順序は、被験者間でカウンタバランスをとった。 各課題の本試行数は48試行であり、試行終了後、被験者は必要に応じて適宜休憩をとった。 各課題遂行時の注意事項および教示のチェックリスト、実験全体の流れ、各課題の試行数の詳細は、別ファイルを参照。

■計測条件・環境

実験課題は以下のとおりである。

【中心課題】

画面中心の白枠内にランダムに連続提示される平仮名1文字(あ・お・ぬ・め)に対して、被験者は「あ」が出現した時にのみ発声反応を行う。図3.1.3-1参照。刺激提示時間は70msec、刺激の出現時間間隔(SOA)は、600-4400msecの間の21水準であった。

【周辺課題】

被験者は、画面中心の固視点(+)を凝視し、ランダムに連続提示される周辺標的への単純反応(ボタン押し)を行う。楕円提示軌跡別ブロック提示(blocked)条件と全楕円提示軌跡上ランダム提示(random)条件の2条件を設定した。

楕円提示軌跡別ブロック提示(blocked)条件

横長の3重楕円軌跡の各軌跡(標的の出現軌跡の長径・短径は、内楕円/中楕円/外楕円で、各々、20°・5°/50°・13°/80°・21°)ごとに、白色円(提示時間:70msec、刺激サイズ:1°×1°)の標的が提示される。刺激出現位置は灰色円(直径:1°、輝度:6.8cd/㎡)により明示された各楕円軌跡内8箇所のうちの1つである。

全楕円提示軌跡上ランダム提示(random)条件

横長の3重楕円軌跡の全軌跡(標的の出現軌跡の長径・短径は、内楕円/中楕円/外楕円で、各々、20°・5°/50°・13°/80°・21°)に、白色円(提示時間:70msec、刺激サイズ:1°×1°)の標的が提示される。刺激出現位置は灰色円により明示された24箇所(楕円軌跡3重×各楕円軌跡につき8箇所)のうちの1つである。

両提示条件ともに、標的は3台のモニターで提示された。図3.1.3-2参照。刺激提示面は、縦23°、横92°であった。標的の出現時間間隔(SOA)は、1500、2500、3500msecの3水準であった。

【二重課題】

中心課題と周辺課題を同時に遂行する。 中心刺激と周辺標的の出現時間間隔(SOA)は、300、600、900、1200msecの4水準であった。中心刺激と周辺標的各々の出現時間間隔(SOA)は前述の通りである。

実験装置・器材・環境は別ファイルを参照。 いずれの課題でも被験者はモニター画面中心を固視しなければならない。眼球運動の生じた試行は解析から除外した(眼球運動計測装置を使用し、眼球運動をモニターした)。モニター面(背景)輝度は0.5cd/㎡、刺激輝度は中心、周辺ともに100cd/㎡であった。両眼で観察し、観察距離は60cm、実験中は顎載台を使用して頭部を固定した。実験は薄暗い部屋(24.70 lx)で課題を遂行した。

■計測結果

実験データは不備のあった被験者4名(高齢者群:2名、中年者群:1名、若年者群:1名)および予備実験に割り当てた被験者2名(高齢者群:1名、若年者群:1名)を除外し、高齢者群8名(66~74歳、平均:69.4歳)、中年者群5名(52~60歳、平均:57.0歳)、若年者群6名(21~29歳、平均:23.5歳)の計19名分で解析を行った。

1)平均反応時間

中心課題、周辺課題の双方で顕著な年齢群間差は認められない中心課題については高齢者群の反応時間が中年者群、若年者群に比べて短い傾向、周辺課題では年齢群間差が見られなかった。

2)反応時間のコスト

ここでいうコストとは、単独課題から二重課題になった場合の反応時間の増分、すなわち注意を中心と周辺の双方に配分することによる負荷を言う。顕著な年齢群間差は見られない。高齢者群の中心課題のコストが他の被験者群に比べて小さいことである。上記1)の結果とあわせると、高齢者群は中年者群と若年者群に比べて中心課題への集中度・優先度が高いといえる。

3)反応時間の変異係数

変異係数とは、平均値の大きさを考慮した場合のデータのバラツキ程度であり、(標準偏差/平均)×100で求める。変異係数は高齢者群の値が大きく、高齢者群での個人差の大きさ、および個人内での不安定性が示唆される。この傾向は特に周辺課題で強い。

4)周辺距離別反応時間について

内楕円、中楕円、外楕円別の反応時間も顕著な年齢群間差は示されていない。

5)周辺距離別見逃し率

中心課題を並行して行う場合の周辺標的の見逃し率は、高齢者において外縁部で高くなるという傾向が見られる。

6)周辺対象検出の速さへの影響

中心刺激と周辺標的の出現時間間隔(Stimulus Onset Asynchrony:以下、SOAと略す)にともなう周辺標的への反応時間の変化は、若年者群ではSOAに伴う反応時間の変化は大きくないが、高齢者群および中年者群では短いSOAと長いSOAで反応時間が増加する傾向が見られる。

7)周辺対象検出の見逃し率への影響

SOAにともなう周辺標的の見逃し率の変化をみると、高齢者群では短いSOAでエラー率が高いが、長いSOAでは他の群より低い。SOAが600msecの場合、いずれの被験者群でも見逃し率が最も高くなっている。

8)中心標的に反応が求められない場合

中心標的「あ」が提示された場合の周辺標的検出反応時間をみると、SOA=300msecでいずれの被験者群でも周辺標的への反応時間が長くなっている。他方、中心標的「あ」以外の平仮名が提示された場合の周辺標的検出反応時間は、高齢者群、中年者群では中心刺激に対する反応が必要ない場合でも短いSOA=300msecで反応時間が長くなる点が注目される。高齢者群、中年者群では、反応が必要とされなくても短いSOAでは中心刺激に注意が捕捉されたままであるといえる。

■参考

高齢者のIT利用特性データベース構築等基盤設備整備事業 (抜粋:認知適合性・注意力)

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